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alidoroさんが最近登録した自分史(経年順)

  • 私が生まれた昭和6年はこんな年だった(1931年9月24日|0歳)

    私は1931年9月24日(木)に三重県四日市市で8人兄弟姉妹の一番末っ子として生まれた。羊年生まれです。私が生まれる5日前に満州事変が勃発しました。



    昭和6年9月18日夜、満州(中国東北部)の奉天(瀋陽)郊外にある柳条溝で起きた南満州鉄道の線路爆破事件をきっかけに、 日本の関東軍参謀らが軍事行動を開始したらしいのです。


    当時は浜口雄幸が内閣総理大臣で若槻礼次郎、犬養毅、松岡洋右とかいう政治家がいました。 この年は3月事件、10月事件と軍部クーデター未遂事件が続発していました。


    小説家の直木三十五が歴史小説「南国太平記」を出版した。また彼の死んだ翌年、直木賞が設置された。



    昭和6年の流行歌には「巴里の屋根の下」、「酒は涙か溜息か」、「丘を越えて」、「侍ニッポン」、「こいのぼり」などが唄われていました。


    スポーツでは南部忠平が走り幅跳びで7m98の世界新記録を出しました。またパーマネントが普及しだしたころでした。


    電気かみそり、強力わかもと、チューインガム、キャラメル、などが新商品としてでてきたころでした。


    物価は豆腐が4銭、カレーライス10銭、せっけん10銭、先生の初任給50円というよき時代でした。


    東海道線に3等寝台車がデビューしたり大日本婦人連合会が発足したり羽田に国際飛行場が開設されたのも昭和6年のことでした。


    映画はマダムと女房(初の本格トーキー映画)、まぶたの母、街の灯、会議は踊る、巴里の屋根の下など。



    更新日:2011年3月16日コメントする(0)

  • 昭和7年の出来事(1932年10月3日|1歳)

    1月8日、桜田門事件(昭和天皇の先導の馬車に朝鮮人が手榴弾を投げる)
    1月28日、第一次上海事変勃発(海軍陸戦隊と中国軍が交戦)


    3月1日、満州国建国宣言(執政・溥儀、首都・新京)
    5月15日、五・一五事件(犬養首相が官邸で陸海軍青年将校に射殺される)


    10月3日、満州へ武装移民団(416人)が出発
    12月16日、東京日本橋の白木屋百貨店火災(女店員ら14人が焼死)

    政治。 内閣総理大臣・犬養毅(立憲政友会)/斉藤実(海軍)
    事件。 坂田山心中事件(慶大生と恋人の心中が天国に結ぶ恋として話題)


    出版。 のらくら上等兵、刑法読本、聖家族、盲目物語、夜明け前・第1部(島崎藤村)
    映画。 弥太郎笠、生まれてはみたけれど、忠臣蔵、天国に結ぶ恋。


    流行歌。 影を慕いて、銀座の柳、満州行進曲、涙の渡り鳥、電車ごっこ。
    スポーツ。 第10回オリンピック・ロサンゼルス大会


    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 昭和8年、僕が2歳のときこんなことがあった(1933年12月23日|2歳)

    2/4日。長野県「教員赤化事件」で一斉検挙。2/20日小林多喜二が警官による拷問の末、虐殺される。


    3/3日、三陸地方大地震(M8.5、大津波来襲で死者3008人、行方不明1184人)
    平成23年(2011年)3月11日14時50分ころ発生した東北関東大地震が三陸地方を再び襲った。


    大島三原山に女子学生投身自殺。その後、5月まで43人が後追い自殺があった。三原山は連日の新聞報道の余波で、一躍、自殺の名所になった。三原山への自殺者は昭和8年だけで944人(男性804人、女性140人)に及んだとされる。



    3/23日。ドイツではアドルフ・ヒトラーのナチス政権成立。3/27日。日本が国際連盟を脱退を通告。



    4/22日。僕が2歳のときに京大滝川事件が起こった。当時の鳩山文相が、京大・滝川幸辰教授の辞職要求に対して教授ら38人が辞表を提出した。その中に末川 博先生がいた。のちに立命館大学総長になった人です。


    末川博さんは1933年 - 滝川事件が起こり京都帝国大学を依願免官、次いで、恒藤恭とともに大阪商科大学(現・大阪市立大学)専任講師となる。



    末川さん自身は「この事件は滝川幸辰個人に加えられた弾圧ではなく、日本の学問の自由と大学自治に加えられた弾圧だったから京大事件と呼ぶべきだ」と繰り返し語っていた。


    なお、立命館大学では、滝川事件を「文部省は滝川を弾圧すると末川が反対に乗り出すことを予想し、むしろ弾圧の本命を末川としていた」という説もあることを紹介している。



    12/23日。皇太子明仁誕生(5万人に減刑恩赦)



    この年に女の一生(山本有三)、春琴抄(谷崎潤一郎)、人生劇場(尾崎士郎)などが出版されている。また映画では滝の白糸、丹下作膳、伊豆の踊り子が発表された。東京音頭の盆踊りが大流行、全国に波及しました。



    流行歌では、島の娘、東京音頭、十九の春などが唄われロングスカートが流行し玩具のヨーヨーが大流行しました。 この年の物価は大卒の初任給は50円、映画の入場料は50銭という時代でした。









    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 昭和9年の社会(1934年10月15日|3歳)

    3月1日、満州国帝政実施(執政薄儀が皇帝となる)
    3月16日、最初の国立公園に瀬戸内海・雲仙・霧島を指定


    3月21日、函館大火(死者2094人、全焼家屋1万1102戸、罹災者11万1000人余)
    6月20日、大阪-神戸間の急行電車運転開始



    9月21日、室戸台風(死者・行方不明3036人、家屋全壊4万3000戸)
    10月15日、中国で、共産党の長征開始



    11月1日、南満州鉄道株式会社が、大連-新京(現・長春)間で特急「あじあ号」の運転を開始。 12月1日、丹那トンネルが完成し新東海道線開通(熱海行「新婚列車」がフ゛ーム)12月8日、ワシントン条約の破棄通告(国際的孤立と侵略戦争の道へ)



    政治、 内閣総理大臣・斉藤実(海軍)/岡田啓介(海軍)
    出版、 あにいもうと(室生犀星)、白南風(北原白秋)、紋章(横光利一)


    映画、 浮草物語、婦系図、生きとし生けるもの、月よりの使者、会議は踊る
    流行歌、 赤城の子守唄、国境の町、並木の雨、ダイナ、急げ幌馬車


    物価、 コーヒー(15銭)、 近代アパート家賃(月17~45円)












    更新日:2011年3月16日コメントする(0)

  • 昭和10年のころ(1935年11月26日|4歳)

    2月18日、 貴族院で美濃部達吉博士の「天皇機関説」を攻撃(著書は発禁へ)
    5月1日、 第16回メーデーに6200人参加(戦前最後のメーデーとなる)


    6月1日、 鉄道省初の女子車掌を採用
    7月1日、 船橋-千葉間の電化完成(東京-千葉間の省線全通)


    7月10日、 第一期将棋名人戦はじまる
    8月12日、 相沢事件(皇動派の相沢三郎少佐が陸軍省で軍務局長永田鉄山少将を斬殺)


    9月1日、 第1回芥川賞(石川達三)、直木賞(川口松太郎)発表
    10月1日、 全国に青年学校1万7千校設置


    11月26日、 高橋是清蔵相、軍事予算をめぐって陸軍と対立
    12月30日、 東京有楽町の日劇地下に初のニュース・短編映画専門館誕生


    政治、 内閣総理大臣・岡田啓介(海軍)
    ことば、 「非国民」非常時体制の中、国に協力的でない者を非難する言葉。



    事件、 喫茶店毒殺事件(東京・浅草の小学校校長が喫茶店で男のすすめる紅茶を飲んで死亡。持っていた全職員の給料を奪われる)



    出版、 太閤記(矢田挿雲)、人生劇場・青春篇(尾崎士郎)、夜明け前・第2部(島崎藤村)、貞操問答(菊池寛)、心に太陽を持て(山本有三)、辞苑(新村出編)、色ざんげ(宇野千代)、真実一路(山本有三)、明治一代女(川口松太郎)












    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 二・二六事件が起こった昭和11年は準戦時体制でした(1936年11月25日|5歳)

    2/26日、二・二六事件(皇道派の青年将校ら部隊を率い首相官邸などを襲撃)
    4/18日、国号を「大日本帝国」に統一


    6/1日、国民歌謡の放送始まる「日本よい国」「椰子の実」など11/25日、日独防共協定、ベルリンで調印。


    11月25日、日独防共協定、ベルリンで調印


    12/12日、西安事件が起こった(中国の西安で張学良が蒋介石を監禁し、内戦停止・抗日実行を要求)。


    2・26事件のことば「兵に告ぐ、すでに勅命が発せられたのである。(中略)今からでも遅くはないから直ちに抵抗をやめ軍旗の下に復帰するようにせよ」。


    阿部定事件(東京の待合で局部が切り取られた男の絞殺死体が発見される)



    出版では晩年(太宰治)、次郎物語(下村湖人)、風立ちぬ(堀辰雄)、真実一路(山本有三)、宮本武蔵(吉川英治)、風と共に去りぬ(ミッチェル)、冬の宿(阿部知二)、もめん随筆(森田たま)、いのちの初夜(北条民雄)



    当時の映画では人生劇場、祇園の姉妹、浪華恋歌、一人息子、河内山宗俊、江戸っ子健ちゃん、真夏の夜の夢。



    この年の風俗。銀座などの盛り場で街頭写真屋が目立つ。アルマイト弁当箱全盛。



    流行語は、今からでも遅くない、準戦時体制、忘れちゃいやよ、前畑ガンバレ、大日本帝国、庶政一新、という言葉が流行した。


    D51機関車、自動首振り型電気扇、食パン焼、森永マンナなどの新商品が出ました。


    当時の物価、牛乳(1本9銭)、コロッケ(2銭5厘)、理髪料(45銭)。 東京豊島園にウォーターシュート登場しました。





















    更新日:2011年3月29日コメントする(0)

  • 盧溝橋事件があった昭和12年のころ(1937年11月6日|6歳)

    4月1日、 はがき1銭5厘が2銭に、封書3銭が4銭に37年ぶりの値上げ
    4月28日、 第1回文化勲章授与式(佐々木信綱、幸田露伴、横山大観ら9人)



    6月3日、 ラジオ聴取契約300万突破
    7月7日、 盧溝橋事件(中国北京郊外の盧溝橋で日中両軍が交戦、日中戦争始まる)


    8月13日、 第2次上海事変(上海で海軍陸戦隊と中国軍が交戦)
    8月 全国で「進軍の歌」「露営の歌」発表会



    9月23日、 中国で第2次国共合作が成立
    10月10日、 京都-大阪-神戸間に電車運転

    11月6日、 日独伊防共協定成立
    12月13日、 南京占領(南京事件おこる。国内では祝賀の提灯行列)
    12月 年間の争議参加者12万3730人(戦前最高)


    政治、 内閣総理大臣・広田弘毅(外交官)、林銑十郎(陸軍)、近衛文麿(貴族院)
    ことば、 「パーマネントはやめましょう」(国民運動の標語)


    出版、 雪国(川端康成)、少年探偵団(江戸川乱歩)、ジョン万次郎漂流記、暗夜行路(志賀直哉)、綴方教室(豊田正子)、若い人(石坂洋次郎)、


    流行歌、 人生の並木路、青い背広で、妻恋道中、たばこやの娘、別れのブルース、裏町人生、かもめの水兵さん、山寺の和尚さん、


    スポーツ、 双葉山が横綱昇進、後楽園球場開場


    流行語、 国民精神総動員、尽忠報国、挙国一致、銃後を護れ、出征兵士の家、


    物価、 サイダー(20銭)、天どん(1杯40銭)、葉書(2銭)、封書(4銭)







    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 昭和13年のころの思い出(1938年11月3日|7歳)

    1月3日、 恋の越境(女優岡田嘉子と演出家杉本良吉がカラフトでソ連に越境亡命)
    1月16日、 近衛首相和平交渉打切りを中国に通告(「国民政府を相手とせず」)


    4月1日、 国家総動員法公布
    5月19日、 日本軍、徐州を占領


    7月7日、 「日華事変」1周年で1戸1品献納・1菜主義・不買デーなど実施
    7月11日、 張鼓峰(中国・東北部)で日ソ両軍が衝突(8・10に停戦)


    8月7日、 用紙節約のため日曜夕刊廃止


    9月 東京銀座のデパートで「代用品実用展」開催
    9月1日、 関東地方に風速31メートルの台風(死者99人)


    10月6日、 北海道夕張炭鉱ガス爆発(152人死亡)
    10月27日、 日本軍、武漢三鎮(漢昌・漢口・漢陽)を占領


    11月3日、 近衛首相、東亜新秩序建設を声明


    政治、 内閣総理大臣・近衛文麿 (貴族院)
    出版、 麦と兵隊(火野葦平)、 風と共に去りぬ、 キョーリー夫人伝


    流行歌、 旅の夜風、愛国行進曲、日の丸行進曲、雨のブルース、支那の夜、麦と兵隊、満州娘、人生劇場、



















    更新日:2011年3月20日コメントする(0)

  • 昭和14年第2次世界大戦勃発(1939年10月|8歳)

    2月16日、 商工省ポスト・広告搭など、鉄製品の回収開始
    3月30日、 大学の軍事教練必須課目となる
    5月12日、 ノモハン事件勃発ソ満国境で日ソ両軍が交戦。9・15停戦)


    6月7日、 神宮で満蒙開拓青少年義勇軍(2500人)の壮行会
    6月16日、 ネオン・パーマネント・学生の長髪の禁止など生活刷新案決まる
    7月15日、 国民徴用令実施(白紙の召集令状といわれる)


    8月26日、 「ニッポン号」羽田出発(195時間で世界一周に成功)
    9月1日、 第2次世界大戦勃発(独軍がポーランドに侵攻)
    10月20日、 物価統制令実施(物価・賃金を9・18の水準で凍結)


    12月1日、 白米禁止令実施(7分搗き以上禁止)
    12月12日、 ビルや高台からの俯角撮影が禁止される


    政治、 内閣総理大臣・近衛文麿(貴族院)/平沼騏一郎(枢密院)/阿部信行(陸軍)
    ことば、 生めよ殖やせよ国のため(兵隊の確保のため、厚生省が発表した「結婚十訓)
    事件、 屑鉄業者が東京長者番付第1位になる


    出版、 源氏物語・全26巻(谷崎潤一郎訳)、故旧忘れ得べき(高見順)、日本二千六百年史、百万人の数学〈上・下〉、学生に与ふる書(天野貞祐)


    映画、 純情二重奏、兄とその妹、残菊物語、土と兵隊、上海陸戦隊、ハリケーン、
    風と共に去りぬ、嵐ヶ丘、ピノキオ


    ラジオ、 徳川夢声NHKラジオで「宮本武蔵」の放送開始
    流行歌、上海ブルース、愛馬進軍歌、父よあなたは強かった、兵隊さんよありがとう、一杯のコーヒーから、太平洋行進曲、上海の花売娘、おさるのかごや、東京ブルース、
    名月赤城山、大利根月夜、あの子はたあれ


    新商品 ヤクルト、ナイロン、4つ珠そろばん、日の丸弁当、満蒙絵はがき
    物価、 白米10kg(3円25銭)、キャラメル(20銭)、映画入場料(55銭)


    その他、 招魂社を靖国神社と改称、 東京市毎月2回隣組回覧板の配布開始













    更新日:2011年3月19日コメントする(0)

  • 太平洋戦争が始まる前年、昭和15年のころ(1940年9月27日|9歳)

    2月2日、 民政党の斉藤隆夫衆議院で「反軍演説」を行う(3月7日除名)
    2月 創氏改名(朝鮮人の氏名を日本式に改めさせる法律が施行)


    4月24日、 米・みそ・醤油・塩・マッチ・木炭・砂糖など10品目の切符制決まる
    6月14日、 パリ陥落(独軍、無血入城)


    7月7日、 ぜいたく「嗜好品」の製造販売制限「贅沢品は敵だ」の立看板並ぶ
    9月7日、 独軍、ロンドンへ猛爆開始


    9月9日、 金の強制買上げ決定(1g3円80銭)
    9月23日、 日本軍北部仏印に進駐


    9月27日、 日独伊三国同盟調印
    10月12日、 大政翼賛会発会式
    11月10日、 紀元二千六百年記念祝典(天皇家の始祖・神武天皇が即位してから260 0年目)


    政治、 内閣総理大臣・阿部信行(陸軍)/米内光政(海軍)/近藤文麿(貴族院)
    ことば、 バスに乗りおくれるな(戦時の時流に乗り遅れるなの意味)


    事件、 浅間丸事件(千葉県沖で英船が浅間丸を臨検し、独人船客21人を拉致)
    出版、 三国志(吉川英治)、旅愁(横光利一)、如何なる星の下に(高見順)、煉瓦女工 (野沢富美子)、フランス敗れたり(アンドレ・モーロア)、哲学入門(三木清)、
    吾が闘争(ヒットラー)、歴史的現実(田辺元)、夫婦善哉(織田作之助)、
    明治維新研究(羽仁五郎)



    映画、 支那の夜、小鳥の春、浪花女、西住戦車長伝、エノケンの孫悟空、駅馬車、
    レベッカ、民族の祭典(ベルリンオリンピックの記録映画)


    流行歌、 誰か故郷を想はざる、湖畔の宿、紀元二千六百年、りんごのひとりごと、
    暁に祈る、目ン無い千鳥、蘇州夜曲、長崎物語、隣組、月月火水木金金、


    スポーツ、 野球での英語使用禁止(チーム名も日本語化した。)
    流行、 男子は丸刈・国民服、女子は国策型淑髪・もんぺ


    風俗、 東京のダンスホールが閉鎖、東京で平日午前の映画興業が禁止され学生生 徒の映画・演劇観覧は日曜休日のみ


    流行語、 枢軸、ぜいたくは敵だ、祝ひ終った、さあ働かう、大政翼賛、八紘一宇、一 億一心、零戦、隣組





















    更新日:2011年3月31日コメントする(0)

  • 太平洋戦争が始まったころ(1941年12月8日|10歳)

    1月8日、東條英機陸相、「戦陣訓」(戦時下における将兵の心得)を示達


    2月11日、李香蘭(山口淑子)日劇に出演(ファンが殺到し警官隊出動)


    4月1日、六大都市で米の配給通帳制・外食券制実施(大人1日330g)
    4月1日、小学校を国民学校と改称されました。初等科6年、高等科2年の義務教育8年制になったのです。


    私は国民学校初等科6年のときに鳥羽商船学校を受験するも最後の体格検査でヘルニアで不合格となり高等科に行くことになった。


    憧れの商船学校には入れなかった。友達は合格し鳥羽商船学校へ行くし僕は高等科2年を終えてから中学を受験したのです。 僕が高等科2年の暮れ昭和19年12月7日にM8の大地震があった。これが東南海地震で死者998人、全壊2万6130戸でした。戦時中のためにはっきりと報道されなかった。


    食料のイモを掘ってきてみんなで作業するために小屋の前に集まったときでした。担任の宮崎先生はわれわれに、ここから動かないように指示し職員室に走って行かれた。 あのときの先生の姿は今もはっきりと脳裏に浮かんできます。


    4月13日、日ソ中立条約調印
    5月6日、 ソ連の首相にスターリンが就任
    6月22日、独ソ開戦(独軍、ソ連を奇襲攻撃)



    7月28日に日本軍は南部仏印に進駐し10月18日に近衛文麿内閣から東條英機内閣が成立した。そして12月1日御前会議で対米英蘭開戦を決定。



    12月8日。太平洋戦争始まる(英米に宣戦布告、真珠湾奇襲攻撃、マレー半島上陸)
    「大本営陸海軍部発表、12月8日、帝国陸海軍は米英軍と戦争状態に入れり」とラジオで放送されました。


    12月10日。マレー沖海戦(日本軍、フイリピンのルソン島上陸、グアム島上陸)


    政治、 内閣総理大臣・近衛文麿②(貴族院)/東條英機(陸軍)
    ことば、「大本営陸海軍発表、12月8日、帝国陸海軍は米英軍と戦争状態に入れり」
    事件、 ゾルゲ事件(尾崎秀実と在日独大使館顧問R・ゾルゲをスパイ容疑で検挙)


    出版、 新書太閤記(吉川英治)、智恵子抄(高村光太郎)、路傍の石(山本有三)、次郎物 語・第1部(下村湖人)、人生論ノート(三木清)


    映画、 元禄忠臣蔵、支那の夜、次郎物語、戸田家の兄妹、馬、江戸最後の日、蘇州 の夜、 [洋]スミス氏都へ行く(戦前最後の米映画)



    当時の流行歌はラバウル海軍航空隊、同期の桜、予科練、ラバウル小唄、という戦時下の歌が流行していた。 防空頭巾、もんぺ、戦闘帽、ゲートルの非常時ルックが急増しました。


    流行語は進め!一億火の玉だ、戦陣訓、生きて虜囚の辱めを受けず、米英撃滅、ニイタカヤマノボレ、ひまわりを植えましょう、輝く部隊、戦陣訓、生きて虜囚の辱めを受けず、米英撃滅、肉なし日、青い旅団、ゾルゲ、ニイタカヤマノホレ


    戦艦大和が竣工され慰問袋もでまわりました。 映画は支那の夜、蘇洲の夜、流行歌はたなばたさま、たきび、森の水車、めんこい仔馬、里の秋など。


    物価、 もりそば(16銭)、たばこ金鵄(9銭→10銭)、ゆかた(1反3円~4円70銭)、
    理髪料55銭、教員初任給(55円)






    更新日:2011年4月2日コメントする(0)

  • 昭和17年ミッドウェー島沖で日米主力艦隊の激戦(1942年12月8日|11歳)

    1月2日、 日本軍マニラを占領
    2月15日、 シンガポール陥落、英軍約10万人が降伏


    2月18日、 戦勝祝賀第一次国民大会が開かれ酒・菓子などを特配
    3月8日、 ビルマ・ラングーン占領


    4月18日、 米軍機B25東京・名古屋など本土初空襲
    5月9日、 金属回収令により寺院の鐘仏具など強制供出命令


    6月5日、 ミッドウエー海戦(日本海軍は空母4隻を失う敗戦)
    6月18日、 郵便局で割増金付切手債権(弾丸切手)発売(額面2円で1等1000円)

    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 昭和18年東京神宮外苑競技場で学徒出陣壮行会(1943年2月1日|12歳)
    alidoro

    1/21日、 中学校修業年限1年短縮し4年制に(高等学校・大学予科は2年制に)
    2/1日、 ガダルカナル島撤退(戦死者2万4000人、うち餓死・病死は1万5000人)



    4/18日、 山本五十六連合艦隊司令長官ソロモン上空で戦死
    5/29日、 アッツ島(アリューシャン列島中の小島)の日本軍守備隊全滅


    6/25日、 学徒動員の要綱決定(工場・農村へ勤労動員が始まる)
    9/4日、 上野動物園でライオンなど猛獣・毒蛇を処分



    9/22日、 理工科系以外の学生の徴兵猶予を撤廃
    9/30日、 御前会議で「今後執るべき戦争指導の大綱」を決定。絶対防衛戦を設定



    10/21日、 東京神宮外苑競技場で学徒出陣壮行会


    内閣総理大臣・東條英機(陸軍) ことば 「撃ちてし止まむ」(第38回陸軍記念日の標語)
    学徒出陣壮行会(明治神宮外苑競技場に集まった東京近郊の出陣学徒が、家族・級友・女子学生などが見守る中、東條首相の閲兵を受け場内を行進)



    流行歌。 勘太郎月夜唄、加藤隼戦闘隊、若鷲の歌、お使いは自転車に乗って
    流行語。 撃ちてし止まん、玉砕、防空頭巾、買い出し。


    各地で防空壕が掘られた。






    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 昭和19年の出来事と世相(1944年3月8日|13歳)

    1/24日、スイカ・メロンなど不急作物の作付け禁止。
    3/4日、宝塚歌劇団の最終公演ファン殺到(3月末松竹少女歌劇団解散)
    3/8日、インパール作戦開始(日本軍が北ビルマからインド北東部に進攻を企画)


    5/5日、国民酒場開設(1杯のビールに長蛇の列)
    6/6日、連合軍、ノルマンディー上陸
    6/19日、マリアナ沖海戦(天王山の決戦で惨敗)


    7/7日、サイパン島の日本軍守備隊玉砕
    7/18日、東條内閣総辞職(小磯・米内連立内閣へ)
    8/1日、砂糖の家庭用配給が停止


    8/4日、学童集団疎開の第一陣が上野駅を出発
    8/10日、グアム島、テニアン島玉砕
    8/25日、パリ解放(4年間に及んだドイツ軍の占領が終結)


    10/23日、レイテ沖海戦(日本海軍、史実上壊滅。神風特別攻撃隊の第1陣が出撃)
    11/24日、マリアナ基地の米軍機B29約70機が初めて東京を空襲
    12/7日、東南海地震(東海地方に大地震M8、津波。死者998人、全壊2万6130戸)


    内閣総理大臣・東條英機(陸軍) / 小磯国昭(陸軍・海軍連立)
    フイリピン周辺の戦闘こそ天王山(小磯国昭首相)


    事件。 神風特別攻撃隊が初出撃(以後45回、3500人以上の出撃が記録されている)
    出版。 必読国民読本(陸軍報道部編)、花ざかりの森(三島由紀夫)、津軽(太宰治)、


    映画。 あの旗を撃て、加藤隼戦闘機、敵は幾万ありとても、五重塔、一番美しく、
    流行歌。 ラバウル海軍航空隊、同期の桜、ラバウル小唄、予科練、少年兵を送る歌


    流行語。 月月火水木金金、 鬼畜米英、 一億国民総武装、 疎開、神風攻撃隊
    新商品。 松根油、竹製ランドセル、すいとん、雑炊食堂登場、硫黄マッチ。
















    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 玉音放送、太平洋戦争終わる(1945年1月13日|14歳)

    1/13日、三河地震(東海地方に大地震、死者2306人)
    3/10日、東京大空襲(B29が東京下町を空襲。死者約10万人、焼失家屋約23万戸)



    4/1日、米軍沖縄本島に上陸5/7日、ドイツ無条件降伏。 6/23日、沖縄守備隊全滅(牛島司令官自決)



    7/26日、米英ソ首脳会議、ポツダム宣言発表。 8/6日、B29広島に原爆投下(9日長崎に投下)8/8日、ソ連対日宣戦布告



    8/15日、「終戦の大詔」玉音放送(太平洋戦争終わる) 8/28日、連合軍総司令部(GHQ)横浜に設置(9月15日東京日比谷へ)。僕は軍隊まで銃を担いで返しに行き、そこで天皇の放送を聞かされた。



    内閣総理大臣・小磯国昭(陸軍・海軍連立)/鈴木貫太郎(枢密院)/東久邇宮稔彦王(皇族)/篠原喜重郎(外交官)


    天皇のことば。 「・・・朕は時運の赴く所耐え難きを堪え、忍び難きを忍び・・・」(玉音放送から)


    事件。 ひめゆり部隊が集団自決(沖縄の学徒看護隊210人が米軍の包囲下で自決)


    映画。 聖断を拝す、そよ風(戦後初の企画映画、主題歌「リンゴの唄」)
    流行。 リンゴの唄、お山の杉の子、ダンチョネ節、同期の桜、ラバウル小唄、愛国行進曲。


    流行。 もんぺズボン、国民服、予科練スタイル(飛行帽、飛行服に半長靴、首もとから白いマフラー)


    流行語。 本土決戦、一億総懺悔、ピカドン、進駐軍、竹の子生活、パンパンガール、復員、ヤミ市、青空市場、DDT、GHQ、MP



    物価。 白米10kg (6円00銭)、豆腐(20銭)、ヒール(2円)、理髪料(3円50銭)







    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 昭和21年天皇人間宣言(1946年10月21日|15歳)

    1月1日、天皇人間宣言
    2月25日、新円発行(日本銀行が新円<百円札、十円札>を発行、旧円と交換し、3月2日限りで流通中の旧円は失効した)


    5月3日、極東国際軍事法廷(東京裁判)が開廷
    5月19日、皇居前広場で食料メーデー(プラカード事件おこる)


    7月14日、砂糖不足でズルチンの発売許可
    8月9日、 第1回国民体育大会夏季大会が兵庫県宝塚市で開催(~11)


    10月9日、文部省男女共学を指令
    10月21日、第2次農地改革(小作地の80%を解放)


    11月3日、日本国憲法公布(22年5月3日施行)
    12月8日、ソ連シベリア抑留者の帰還船が舞鶴港へ入港(33年まで66万5千人が引揚)
    12月21日、南海道大地震(M8.1、近畿・四国地方の死者・行方不明1464人)


    更新日:2011年3月18日コメントする(0)

  • 昭和22年6・3・3制スタート(1947年10月27日|16歳)

    1月30日、GHQ全官公労総能業(2・1ゼネスト)に中止命令
    2月25日、国鉄八高線で買出し客を満載の列車が脱線転覆(死者184人)
    4月1日、 6・3・3制スタート(国民学校は再び小学校へ)


    5月3日、 日本国憲法施行
    7月20日、 主食の遅配は全国平均20日(東京25.8日、北海道90日)となる
    8月14日、 浅間山が噴火(登山者20余人が死亡)


    9月14日、 キャスリーン台風(関東・東北に大被害を及ぼした。死者2247人)
    10月27日、果物など132品目の公定価格廃止
    12月1日、 1等100万円宝くじ発売、酒類自由販売となる

    更新日:2011年3月22日コメントする(0)

  • 昭和23年、極東軍事裁判で戦犯25人に有罪判決(1948年11月12日|17歳)

    1月26日、帝銀事件(帝銀椎名町支店で行員12人が毒殺、現金奪われる)
    4月1日、 GHQ視察日の国旗掲揚を許可


    4月1日、新政高校(全日制・定時制)が発足
    4月28日、サマータイム(5月から9月の間、時刻を1時間進める)制実施、1952年に廃止)


    6月23日、昭和電工事件(昭和電工日野原社長が贈賄容疑で逮捕)
    6月28日、福井大地震(M7.3、死者3895人)


    9月15日、奥むめおら主婦連合会を結成
    10月1日、警視庁初の犯罪専用電話「110番」を開設


    11月1日、主食の配給2合7勺(380g)へ
    11月12日、極東軍事裁判で戦犯25人に有罪判決


    政治、 内閣総理大臣・片山哲(日本社会党・民主党・国民協同党連立)/芦田均(日本民主党)/吉田茂(民主自由党)


    ことば、 「墓場に近き老いらくの恋に恐るる何もなし」(歌人川田順が、弟子の大学教授夫人と家出したとき、友人に送った詩の一節)


    事件、 太宰治入水自殺(東京・三鷹の玉川上水で、太宰治が山崎富栄と入水心中)
    出版、 愛情はふる星のごとく(尾崎秀美)、斜陽(太宰治)、新書太閤記(吉川栄治)、罪と罰(ドストエフスキー)、凱旋門


    映画、 酔いどれ天使、手をつなぐ子等、夜の女たち、我等の生涯の最良の年、逢びき、ヘンリー五世


    流行歌、 君待てども、東京ブギウギ、ブンガワン・ソロ、長崎のザボン売り、フランチェスカの鐘、湯の町エレジー、異国の丘、憧れのハワイ航路、カチューシャ


    スポーツ、 第14回オリンピック・ロンドン大会(日本とドイツは参加が認められず)
    流行、 リーゼント・ヘアスタイル、アロハ・シャツ、アメリカンスタイル


    風俗、 東京・新宿に歌舞伎町が誕生する
    流行語、 アルバイト、斜陽族、鉄のカーテン、ノルマ、ロマンスシート、てんやわんや


    新商品、 セロテープ、ボールペン
    物価、 はがき(2円)、封書(5円)、国鉄最低料金(3円)、ビール(162円20銭)
























    更新日:2011年3月21日コメントする(0)

  • 昭和24年は下山事件、三鷹事件、松川事件などが発生した(1949年1月26日|18歳)

    1/26日、 法隆寺の金堂炎上
    2/20日、 能代大火(秋田県能代市の中心地帯が全焼。死者3人、焼失家屋2237戸)
    3/7日、 GHQ経済顧問ドッジが日本経済安定策を提示(ドッジ・ライン)


    3/29日、 はとバスの定期観光コース発車(料金1人250円)
    7/5日、 下山事件(下山国鉄総裁が行方不明、6日常磐線路上で轢死体として発見)
    7/15日、 三鷹事件(国鉄三鷹駅で7両編成の無人電車暴走6人死亡)


    8/17日、 松川事件(東北線松川-金谷川間で列車転覆乗務員3人死亡)
    8/31日、 キティー台風(茅ヶ崎に上陸し、関東に被害。死者160人)
    10/1日、 中華人民共和国成立
    11/3日、 湯川秀樹博士にノーベル物理学賞


    政治。 内閣総理大臣・吉田茂
    事件。 弘前大学教授夫人殺人事件(青森県弘前市で、医学部教授夫人が寝室で刺殺)

    出版。 この子を残して(永井隆)、長崎の鐘(永井隆)、風と共に去りぬ、共産主義批判の常識(小泉信三)、平和の発見(花山信勝)


    ラジオ。 私は誰でしょう、とんち教室、三つの鐘、国会討論会、
    流行歌。 トンコ節、三味線ブギウギ、月よりの使者、青い山脈、銀座カンカン娘、薔薇を召しませ、夏の思い出、長崎の鐘、悲しき口笛。


    流行。 ロングスカート、シヨートカット、
    流行語。 アジャバー、つるしあげ、筋金入り、駅弁大学、ニコヨン、


    物価。 封書(8円)、国鉄最低料金(5円)、もりそば(15円)、国立大学授業料(年額3600円)教員初任給(3991円)


















    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 昭和25年、朝鮮戦争勃発(1950年10月13日|19歳)

    1月7日、 聖徳太子像の1000円札発行
    4月1日、 たばこの家庭配給廃止(ピース50円、光40円に値上げ)
    6月1日、 外食券なしで、米以外の主食(そば・うどん・パン)の販売が自由化


    6月6日、 マッカーサー、共産党幹部24人の追放を指令(レッドパージ)
    6月25日 朝鮮戦争勃発(大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が武力衝突)
    7月2日、 国宝・金閣寺が寺僧の放火で全焼


    7月18日、 レッドパージ始まる(共産党の機関紙アカハタの発行禁止)
    8月10日、 警察予備隊設置(自衛隊の前身)
    10月13日、公職追放解除


    政治、 内閣総理大臣・吉田茂(民主自由党、自由党に改称)
    ことば、 貧乏人は麦を食え(池田勇人蔵相、12月7日の参議院法務委員会で)


    事件、 財田川事件(香川県財田村で闇米ブローカーが殺され現金を強奪された)
    出版、 細雪(谷崎潤一郎)、潜行三千里(辻政信)、風と共に去りぬ(M・ミッチェル)、
    きけわだつみの声(東大出版部編)、チャタレイ夫人の恋人(D・H・ロレンス)


    映画、 また逢う日まで、帰郷、暁の脱走、執行猶予、羅生門、白雪姫、黒水仙、
    ラジオ、 農家のいこい、ラジオ喫茶室


    流行歌、 夜来香、熊祭の夜、星影の小径、買物ブギ、ベサメ・ムーチョ、東京キッド、桑港のチャイナタウン、越後獅子の唄、あざみの歌、トロイカ


    スポーツ、 プロ野球公式戦ナイター開始(後楽園)
    流行、 スカート流行、ビニール・レインコート、ブレザージャケット、ネッカチーフ


    新商品、 テープレコーダー、パーカー万年筆、ニッカポケットウィスキー、
    物価、 国鉄普通旅客運賃(上野-青森720円、新橋-大阪620円)、ビール(125円)







    更新日:2011年3月22日コメントする(0)

  • 昭和26年はこんな年だった(1951年1月3日|20歳)

    1月3日、 第1回NHK紅白歌合戦放送
    4月2日、 五百円札発行
    4月11日、 マッカーサー、連合軍最高司令宮を罷免される


    4月24日、 桜木町事件(横浜の桜木町駅で国電火災、死者106人)
    7月6日、 アナタハン島で敗戦を知らずにいた日本兵20人帰国(アナタハンの女王)
    9月8日、 対日講和条約・日米安全保障条約調印


    10月14日、 ルース台風(本州各地に大被害を与えた。死者、行方不明者約1500人)
    10月25日、 日航第1号機「もく星号」就航(東京-大阪間6000円)
    12月6日、 松阪市大火(焼失家屋820戸)


    政治、 内閣総理大臣・吉田茂③(自由党)
    ことば、 老兵は死なず、ただ消え去るのみ(マッカーサー元帥)


    事件、 八海事件(山口県麻郷村八海で老夫婦が惨殺され現金が奪われた)
    出版、 ものの見方について(笠信太郎)、少年期(波多野勤子)、戦後風雲緑(森正 蔵)、武蔵野夫人(大岡昇平)、源氏物語(谷崎潤一郎)


    映画、 麦秋、めし、偽れる盛装、カルメン故郷に帰る、どっこい生きている
    [洋画]白昼の決闘、サムソンとデリラ、キング・ソロモン


    流行歌、 ミネソタの卵売り、ひばりの花売娘、僕は特急の機関士で、アルプスの牧 場、高原の駅よさようなら、上海帰りのリル、野球小僧、あの丘こえて、雪山賛歌


    ラジオ、 ラジオ体操、クイズ三つの歌
    スポーツ、 ボストン・マラソンで田中茂樹が日本人初の優勝。第3回日米親善野球が16 試合行われ、米プロ選抜チームは13勝1敗2引き分けと圧勝


    流行、 石津謙介が大阪で「VANジャケット」を設立。 GI刈り
    風俗、 トルコ風呂第一号(銀座6丁目に東京温泉が開店)。 ジャズとパチンコ流行


    流行語、 LPレコード、携帯テープ式録音機・ショルダー、長柄カミソリ、ロゼット洗顔パ スタ、花王粉せんたく、ルル、森永ミルクキャラメル、フーセンガム、カバヤキ ャラメル<おまけ付き>、雪印バターキャラメル


    物価、 はがき(5円)、封書(10円)、電話度数料(5円)、国鉄最低料金(10円)、都バス(15 円)、豆腐(10円)、ビール(123円)、たばこ・ピース(10本入40円)、電気洗濯機(4 万6000円)、映画入場料(80円)、教員初任給(5050円)


    その他、 結核が初めて死因の2位へ(1位脳溢血)、赤痢大流行で1万4836人死亡
































    更新日:2011年4月1日コメントする(0)

  • 僕が立命館に入ったころ(1951年4月2日|20歳)
    alidoro

    僕の大学生活が始まった。入学した頃の立命館大学は法学部、経済学部が京都御所の東の河原町広小路にあり、電車道を隔てた東側に文学部があった。そして金閣寺近くの衣笠に理工学部があった。



    講義は殆どが存心館1階の16号教室で行われ、床はコンクリートで薄暗く、3人掛けの木製机であった。細野武男先生の「社会学」、浅井清信先生の「民法総則」、大西芳雄先生の「憲法」などはこの16号教室だった。



    末川博総長の講義「法学」は存心館2階の大教室であったが、他の学部の学生や、府立医大、京大からも聴講に来る学生で廊下まであふれていた。末川先生の講義はわかりやすい言葉で話され、講義というよりは講演を聞いているようなものだった。



    きょうは末川先生の講義があるからと、学校へ来ると「休講」の掲示が貼り出されており、度々がっかりさせたれたものである。先生の講義は「法学がなにのためにあるか、人類の幸福と平和を守るためにあるという根底に立って勉強する。」と、教えておられた。



    試験前に先生は「君達の答案は2~3行読めば勉強してるかどうかすぐ分る。本の丸暗記、丸写しは冒頭から『前に述べたように』なんて書いておる、こんな答案は最後まで読まんでも・・・」とも話された。



    僕は立命館大学新聞の取材、販売、広告とりまでしていた。教授にテストの出題傾向を取材しそれを原稿にする。広告は書店、タイピスト、学生の行く食堂などで原稿を作り記事中とか題字下とか突出しとかによって値段は違っていた。




    当時、京都府学連の委員長は京大生の大島渚君でした。京大天皇行幸事件とか荒神橋事件とがが起こったのもこのころで、その取材もしていたわけです。新聞は京都新聞社で作っていた。新聞ができてくると一部5円で校門のそばで売っていた。



    そんなころの僕は修学院の近くの山端というところに住んでいた。 京大農学部農芸化学の館教授の家の近くだった。館教授は姉が嫁いださきの親戚でした。僕は京大に落ちて立命館には入ったもののどうしょうか迷っていた矢先、館さんから早く卒業して就職したほうがいいと言われ、それに従った。



    写真は「わたづみの像」が立命館に建てられた。僕は大学新聞の編集作業に追われていたころです。





    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 京の思い出(1951年4月4日|20歳)
    alidoro

    学生のころ市電農学部前の吉田本町にいた。井上書店の2階の一室を借りていた。その頃は京都もチンチン電車が走っていたのです。農学部前で下車すると向かいにあった。紅萌ゆる丘の吉田山のたもとでした。三条京極までこの市電に乗ってよく出かけたものです。



    隣りの部屋に文学部2年の学生がいた。香川県綾歌郡の出身で逢坂寿子(オザカヒサコ)という人でした。彼女も夜、京極まで映画鑑賞によく通っていた。僕も映画が好きで一緒にでかけたりしたものです。オザカはやがて下宿を左京区岩倉に引っ越し法学部に転部し司法試験を目指して勉強に打ち込むようになった。



    僕も三宅八幡に近い畑ヶ田町の農家の2階の一室に引っ越す。僕は法学部に席を置きながら学生新聞作りに奔走していた。当時は学生運動が激しかった。京大行幸事件や荒神橋事件がおこったころで大島渚が府学連委員長していたころです。彼は後に映画監督になった。



    デモを取材中に間違って逮捕されたこともあった。その当時は共産党までは行かなかったがそれに近い左翼の学生だった。新聞は京都新聞社で作っていた。原稿を持ち込むまでが学生新聞部の仕事です。広告とり、学生や教授などへの取材、原稿作り、そして新聞が出来ると一部5円で校門に立って売っていたのです。



    ある日僕はオザカのいる岩倉の下宿へ行った。彼女は司法試験に向けて猛勉中で将来は東大生の先輩と結婚するような話をしていた。今はどこでどうしていることやら全く消息不明です。たぶん法曹界で活躍し今はいいおばあちゃんになっていることだろう。



    ラジオ深夜便を聞いていると、京都慕情、祇園小唄、京都の恋、千年の古都、遠くへ行きたい、の曲が流れていた。遠い学生のころが懐かしくよみがえってくる。写真は吉田山「紅萌ゆる丘の花」記念碑がある。



    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 昭和27年の出来事、君の名は超人気(1952年4月1日|21歳)

    1月18日、 韓国周辺の海域に李承晩ラインの設定を宣言
    3月4日、 十勝沖地震(北海道から三陸にかけて強い地震が発生。死者33人)
    4月1日、 琉球政府発足


    4月1日、 砂糖13年ぶりの統制解除
    4月9日、 日航「もく星号」大島三原山で遭難(乗員乗客31人全員死亡)
    4月28日、 サンフランシスコ講和条約が発効(日本の主権が回復された)


    5月1日、 血のメーデ事件(皇居前でデモ隊と警官隊激突。死者2人、負傷者2300人)
    7月1日、 羽田空港返還(東京国際空港としてスタート)
    9月17日、 明神礁爆発(伊豆七島青ヶ島南方60kmの海底火山が爆発し2つの小島 が出現)
    11月10日、 皇太子成年式(皇太子明仁の立太子礼が行われた)


    政治、 内閣総理大臣・吉田茂(自由党)
    ことば ヤンキー・ゴー・ホーム(米軍基地に反発したプラカードの言葉)


    事件、 荒川バラバラ事件(東京・足立区の荒川放水路に首と手足のない男の死体)
    出版、 新唐詩選(吉川幸二郎・三好達治)、人間の歴史2(安田徳太郎)、ニッポン日 記<上・下>(マーク・ゲイン)、千羽鶴(川端康成)、生きている日本史(高木健夫)



    映画、 生きる、稲妻、本日休診、現代人、カルメン純情す、風と共に去りぬ、
    硫黄島の砂、カルメン純情す



    ラジオ、 NHK「君の名は」が放送開始。女湯がガラ空きになる超人気。またこの年か ら放送終了時に「君が代」放送開始。



    流行歌、 テネシー・ワルツ、リンゴ追分、ゲイシャ・ワルツ、お祭りマンボ、ああモンテ ンルパの夜は更けて、赤いランプの終列車、憧れの郵便馬車、灯


    スポーツ、 白井義男が日本初の世界フライ級王者に、第15回オリンピック・ヘルシ ンキ大会に戦後初参加


    流行語、 エッチ(変態者の頭文字で、いやらしい男のこと)、火炎ビン、モロトフ・カク テル、恐妻、パンマ、風太郎(プータロー)、「見てみてみ」「聞いてみてみ」


    新商品、 ホンダカブ、マジックインキ、ホッチキス、ミルキー
    物価、 国立大学授業料(年間6000円)、豆腐(12円)、もりそば(17円)、ビール(130円)






    更新日:2011年4月3日コメントする(0)

  • さらば青春(1952年9月24日|21歳)

    青春…人それぞれに、想い出があるでしょう。
    こころのかたすみに、ぽつんといる青春。


    青春に、バカヤロ~って叫んだ人も、青春に、さよならではなく、こんにちわ~♪って、愛想を振りまいた人もいるのでしょうか。


    でも、なんの挨拶もしないままに、あれ? いつのまにか、通り過ぎてしまっていた…というお気の毒な人もいるのかもしれません。


    僕は 呼びかけはしない
    遠く すぎ去るものに


    僕は 呼びかけはしない
    かたわらを 行くものさえ


    呼びかけたって、青春は立ち止まってくれません。
    いま、あなたが呼びかけて、立ち止まってくれるのは、ご近所の奥さんくらいです。



    下手をすれば、自分の連れ合いも、自分の子供も、立ち止まってくれません。
    えさを持ってれば、ひょっとしたら、犬や猫くらいは立ち止まってくれるかも知れませんが、それでも逃げられたらショックが大きいのでやめましょう。



    だから、あのとき、青春に呼びかけていたら、青春はひょっとして、立ち止まってくれたかも…なんて、無駄な後悔はしないようにね。



    …でも、青春って、いったいなんなんでしょうね。



    青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。
    優れた創造力、逞しき意志、燃ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒 険心、 こういう様相を青春というのだ。


    年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いがくる。


    歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失うときに精神はしぼむ。


    苦悶や、孤疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ
    精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。


    年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。



    曰く 驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、 その輝きにも似たる事物や思想に対する 欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探究心、人生への歓喜と興 味。



    人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。 人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる。
    希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。



    大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り、人 の若さは失われない。



    これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれ を固くとざすに至れば、この時にこそ人は全くに老いて、神の憐れみを乞うる他はなく なる。

    作詩:Samuel.Ullman
    訳詩:岡田義夫


    青春をテーマとした詩の中の定番といっていいほど有名なサミエル・ウルマンの「青 春の詩」です。なるほどなぁ~。そうだよねぇ~。 (゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン


    そして、この詩にうなづく頻度に比例して、やはり、青春から、確実に遠ざかっている のです。


    見るがいい 黒い水が 抱き込むように 流れてく


    青春時代が、必ずしも清流ではなかったことは、改めて、振り返り見るときに、気がつ きます。 虚心坦懐に、見栄を捨て、虚飾を捨てて、改めて、振り返って見れば…。


    よどみなき…、しかし、濁流であったこと…。


    …にもかかわらず、やはり、青春時代が美しく思えるのは、そのすべてを押し流す力 と、未来へという方向を持つベクトルが強大であったからでしょうか。


    少女よ 泣くのはお止め風も木も 川も土も
    みんな みんな たわむれの 口笛を吹く


    少女が女となったときに、いつ果てるともしれなかった涙は、やがて潮が引くように枯 れていきます。 いえ、もちろん、単に、年とともに、潤いがなくなったからや…などとは 申していません。


    …こころで思っていたとしても…。 見るがいい 黒い犬が えものさがして かけて行く


    少年が青年になったときも、腹を空かせた野良犬がえもの求めて、あてどもなく駆け 回るのをやめて、首輪につながれて、ドッグフードを食らうことをよしとするような感じ になります。


    もっとも、駆けるのをやめたから、首輪につながれたのか、首輪につながれたから、駆 けるのができなくなったのかは、定かではありません。


    少女よ 泣くのはお止め
    空も海も 月も星も
    みんな みんな うつろな 輝きだ
    ラララ……


    風も木も 川も土も 空も海も 月も星も…
    つまりは、万物すべて、たわむれであり、うつろであるということです。


    ということは、やはり、この歌は、諸行無常、色即是空の世界を歌ったものだ…という ことですから…、やはり…、さらば青春…なんです。d(^-^)ネ!


    まあ、この歌詞の意味が理解できる頃になると、涅槃も近い?…んなことはないです ね。


    ですから、せめて、そのような方は、「さらば青春」と言わずに、「いつでも青春」と言い ましょう。


    ぼくがこの歌をはじめて聞いたのは、関西ローカル放送だったかも知れませんが、ラジオのトーク番組で、DJ(ディスク・ジョッキー)は、アリスの谷村新司(チンペイ)さんでした。


    その番組の中で、視聴者からの青春の悩みなどを綴ったハガキを読むコーナーがあり、そのテーマソングとして使われていたのが、この曲でした。


    初心者のギターのアップ&ダウンストローク奏法の練習には、うってつけの曲でした。


    小椋佳さんは、そのとき、谷村新司さん以上に、まだ無名でしたが、その後、布施明さんに提供した「シクラメンのかほり」で、有名になりました。


    小椋佳さんは、およそ、シンガー・ソング・ライターらしからぬ風貌、というか、まさに、東大法学部卒のエリート銀行員そのものって感じが、新鮮でした。


    50歳で、銀行を退社、東大文学部に学士入学、57歳で、胃癌摘出手術を受けるも、音楽・文学活動を続けられています。


    さらば青春


    作詞/作曲 小椋 佳


    僕は 呼びかけはしない 遠く すぎ去るものに
    僕は 呼びかけはしない かたわらを 行くものさえ
    見るがいい 黒い水が 抱き込むように 流れてく
    少女よ 泣くのはお止め
    風も木も 川も土も
    みんな みんな たわむれの 口笛を吹く



    僕は 呼びかけはしない 遠く すぎ去るものに
    僕は 呼びかけはしない かたわらを 行くものさえ
    見るがいい 黒い犬が えものさがして かけて行く
    少女よ 泣くのはお止め
    空も海も 月も星も
    みんな みんな うつろな 輝きだ
    ラララ……


    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 昭和28年は内灘闘争があった(1953年2月1日|22歳)

    この年は内閣総理大臣は吉田茂でした。保安隊から自衛隊への改組批判に対して総理は「戦力なき軍隊」と答弁しました。



    2/1日、NHK東京地区で1日4時間のテレビ本放送が開始された。契約台数866でした。3/5日、スターリン暴落といってソ連首相スターリンの死去で株価が大暴落しました。



    4/27日、阿蘇山大爆発し修学旅行の高校生ら5人が死亡した。6/13日、内灘闘争(米軍の内灘試射場無期限使用に反対し内灘村民が座り込み)。 大学新聞も取材しました。



    10/31日、都内に赤色の委託公衆電話(赤電話)が登場した。 徳島ラジオ商殺人事件がありました。映画はにごりえ、東京物語、雨月物語、煙突の見える場所、あにいもうと、地上最大のショウ、シェーンなど上映されていた。



    ボストン・マラソンで山田敬蔵が優勝した。真知子巻き、ペチコート大流行した。街頭テレビに黒山の人だかりでした。流行歌は津軽のふるさと、石狩エレジー、毒消しゃいらんかね、アリラン哀歌、雪の降るまちを、街のサンドイッチマン、君の名は、など。



    昭和28年の流行語はコネ、街頭テレビ、38度線、戦後強くなったのは女と靴下、バカヤロウ解散、むちゃくちゃでござりまするがな。



    物価は公衆電話料5円から10円へ。理髪料140円、電気冷蔵庫12万9000円でした。東京青山に初のスーパーマーケット「紀ノ国屋」が開店した。



    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 末川博総長とわだつみの像(1953年12月8日|22歳)
    alidoro

    末川先生は僕が立命館の法学部にいた4年間、先生の法学を聞くのが一番の楽しみだった。先生は「わだつみの像」をこの立命館に建てられた。新しい研心館が建てられたのもこのころでした。


    新しい研心館の前に「わだつみの像」が立てられたのは1953年(昭和28)の12月であった。学徒出陣した先輩達の『きけわだつみのこえ』は多くの人に感動を与えたが、彫刻家の本郷新氏は、再び戦争をしてはならないとの平和への願いをこめて「わだつみの像」を製作された。


    当初は東京大学に立られる予定が、東京では安住の地がなく漂流していたのを末川先生が立命館大学の庭に迎えて立てられた。


    台座石の裏面には末川先生が「貴い未来と生命を聖戦という美名のもとに奪い去られた青年学徒のなげきと怒りともだえを象徴するするのがこの像である」と刻んでおられる。


    除幕式は京都特有の底冷えのする寒い日であったが、製作者の本郷新氏を迎えて熱い思いで校庭で行われた。毎年12月8日にはこの像の前で「不戦の誓い」の集会が開かれた。


    末川先生は学生を前にして語るとき「未来を信じ未来に生きる それが若者の使命である」そのかがやかしい未来と尊い命を守って、21世紀につながるこれからの歴史を展開してゆくのは、若い人たちである。と、いつも話された。


    僕は、末川先生のこの言葉を生涯の『座右の銘』として、胸に刻み込んで今日まで過ごしてきた。社会人となってからも、いろいろなものごとに出くわしたときも、未来を信じて決してひるむことなく立ち向かって来れたのは、立命館大学で末川先生から学んだことを誇りに思っているからである。


    末川先生の著書「末川博随筆集」は次の通り①時の流れと法律②平和をもとめて③憲法談義④法律さまざま⑤日本の民主化と法律⑥教学半世紀⑦若い諸君へ⑧京洛閑話⑨思い出の人と私のあゆみ。写真は末川博総長


    更新日:2011年3月20日コメントする(0)

  • 昭和29年をふりかえる(1954年9月26日|23歳)

    1月2日、二重橋事件(新年参賀に38万人、二重橋が大混乱となり16人が圧死)
    1月20日、東京池袋-お茶の水間に地下鉄開通(戦後の地下鉄第1号)


    2月22日、テレビ受信契約1万突破
    3月1日、ビキニ水爆実験でマグロ漁船・第五福竜丸が被爆(死の灰)



    7月1日、自衛隊発足(防衛2法が施行、保安隊が陸上自衛隊に、警備隊が海上自衛隊に改編、航空自衛隊が新設、防衛庁設置陸海空自衛隊が誕生)



    9月26日、洞爺丸遭難事故(青函連絡船洞爺丸が函館沖で沈没、死者・行方不明1175人)
    12月27日、主婦連の「10円牛乳」発売


    政治、 内閣総理大臣・吉田茂(自由党)/鳩山一郎(日本自由党)
    ことば、 シャネルの5番


    事件、 仁保事件(山口県・仁保村で一家6人全員を惨殺)
    出版、 女性に関する十二章(伊藤整)、愛は死を越えて(ローゼンバーグ夫妻・山田晃訳)、潮騒(三島由紀夫)、火の鳥(伊藤整)、はだか随筆(佐藤弘人)


    映画、 二十四の瞳、女の園、七人の侍、黒い潮、 近松物語、ローマの休日、砂漠は生きている、 グレン・ミラー物語、


    テレビ、 シルエットクイズ、美容体操、今晩はメイコです、こんにゃく問答、
    流行歌、 真室川ブキ、ひばりのマドロスさん、高原列車は行く、お富さん、岸壁の母、
    野球けん、原爆許すまじ、


    スポーツ、 日本で初のプロレス国際試合(シャープ兄弟vs力道山・木村組)、大相撲の
    蔵前国技館が開館。第5回サッカーワールドカップ(開催スイス、優勝西ドイツ)


    風俗、 東京で連発式のパチンコが禁止
    流行語、 ロマンス・グレイ、スポンサー、死の灰、五せる接待


    新商品、 アリナミン、ミルク飲み人形、キスミースーパー口紅、シロン、バターボール
    物価、 ビール(120円)、たばこピース(10本入45円)、理髪料(140円)





    更新日:2011年3月17日コメントする(0)

  • 大学はでたけれど(1955年3月21日|24歳)

    昭和30年3月21日。僕はこの日、無事に立命館大学法学部を卒業した。 新聞社に入れず意に反して岐阜の繊維会社に入った。経理の仕事で入社したものの倒産したため半年後に大阪の銀行に中途採用された。


    4年間、学生新聞作りと学生運動で左に傾いていたが共産党員ではなかった。まあ、共産党のファンだった。



    僕の隣の部屋にいた京大生はれきっとした共産党員であった。 京都府警の刑事が来たことがあった。僕の部屋から彼の読んでいる本を調べていたことがあった。



    僕は映画が好きだったから京極へはよく映画を見にいったものです。ある時は京大メッチェン(女子学生のこと)と行ったものです。浮雲、夫婦善哉、野菊の如き君なりき、ここに幸あり、海底二万哩、などが上映されていた。



    また、立命館の野球部は遊撃手の吉田は僕が4年の時に1年で下駄履きで学校に来ていた。吉田はやがて中退して阪神に入団した。 紀藤は中日に入団した。当時の契約金は70万とか30万とか噂されていた。



    吉田山近くの井上書店の2階にいるとき隣室にいた京大女子学生が下宿を岩倉のほうに変わると僕も畑ヶ田町のほうへ変わった。彼女は東大生と結婚したいらしく、そのためには司法試験に合格したいと猛勉強していた。 法曹界で活躍されたことだろう。


    昭和30年、内閣総理大臣は鳩山一郎だった。当時は三種の神器の電気冷蔵庫、電気洗濯機、テレビが主婦のあこがれでした。 トニー谷の長男誘拐事件があった年です。書籍では不安の倫理、うちの宿六、欲望、とかいう本が売れていた。


    流行歌では、この世の花、月がとっても青いから、赤と黒のブルース、逢いたかったぜ、別れの一本杉、娘船頭さん、おんな船頭唄、ガード下の靴みがき、りんどう峠、南国土佐を後にして、島の船唄、ちいさい秋みつけた、などが唄われていた。







    更新日:2011年4月3日コメントする(0)

  • 昭和31年、もはや戦後ではない(1956年3月19日|25歳)

    3/19日、 日本住宅公団初の入居者募集。
    5/9日、 日本登山隊マナスルに初登頂。
    5/24日、 売春防止法公布(33年4月1日施行)。



    8/19日、 大館大火。 9/10日、魚津大火。
    10/11日、 延暦寺火災(比叡山延暦寺の大講堂・鐘楼・木彫り仏像14体が焼失。原因 は放火)



    11/19日、 東海道本線の全線電化完成。 12/12日、日ソ国交回復。
    12/12日、 日ソ国交回復(日ソ共同宣言の批准書が交換され、日ソ間の国交が回復)
    12/26日、 興安丸が、ソ連からの最後の集団帰国者1025人を乗せ舞鶴に入港。


    政治、 内閣総理大臣・鳩山一郎(自由民主党)/石橋湛山(自由民主党)
    ことば。 もはや戦後ではない(中野好夫、「文芸春秋」2月号に書いたエッセイの題)
    事件。 参宮線列車転覆の惨事(三重県参宮線六軒駅で、下り快速列車と上り快速列 車が脱線。 被害者の大部分はお伊勢参りの修学旅行の生徒だった)



    出版。 太陽の季節(石原慎太郎)、夜と霧(フランクフル)、四十八歳の抵抗(石川達三)、帝王と墓と民衆(三笠宮崇仁)、昭和史、



    映画。 真昼の暗黒、夜の河、カラコルム、猫と庄造と二人のをんな、ビルマの竪琴、
    戦争と平和、海底二万哩、ジャイアンツ。


    テレビ。 チロリン村とくるみの木、ハイウェー・パトロール、鞍馬天狗、スーパーマン、
    お笑い三人組、危険信号、東芝日曜劇場、ロビンフッドの冒険。


    流行歌。 ここに幸あり、若いお巡りさん、哀愁列車、早く帰ってコ、愛ちゃんはお嫁に、 東京の人をさようなら、リンゴ村から、どうせひろった恋だもの、ケ・セラ・セラ。


    スポーツ。 第16回オリンピック・メルボルン大会(日本は金メダル4)、
    流行 ロングヘアー。 東京の深夜営業が8000軒に急増。ロックンロール流行。


    流行語 。 一億総白痴化、愚連隊、戦中派、太陽族、マネー・ビル
    物価。 都電(10円→13円)、たばこピース(45円→40円)冨士(120円→100円)








    更新日:2011年4月3日コメントする(0)