-
1966年(9歳)
- 3月
- 初めて見て聞いたグループサウンズ
-
NHKののど自慢の公開録画が、三鷹市公会堂であって母に連れられて、行きました。公開録画は、この頃よくやっていて、並べば無料で入れます。録画の時もあれば、生放送の時もあったり。
当然、素人の歌がずーっとあって、最後にゲストの歌が2曲ほどお決まりであるのですが、この時のゲストが、GSのジャッキー吉川とブルーコメッツ。
全く聞いたことがなく、演奏が始まるといきなり、大音響というか、昔で言うエレキですね。かなり、驚いたのを覚えています。しかも、演奏曲目が「ブルー・シャトー」と「マリアの泉」。このあと、「ブルー・シャトー」は大ヒットして、日本レコード大賞までとってしまいました。替え歌までできるし。
どうも、メンバーの三原綱木さんが、三鷹市出身だったようで、無名でものど自慢に出ることができたのかも。3月の頃は、本当に知られていませんでしたから。
それから、食堂とかに行くと、ジュークボックスで必ず「ブルー・シャトー」をかけて、シングルレコードも買いました。
-
1966年(昭和41年)
- 3月4日
- カナダ太平洋航空402便着陸失敗事故
- 4月7日
- 日産自動車、サニーを発売。
- 8月26日
- 日本航空訓練機墜落事故
-
1980年(23歳)
- 12月8日
- ジョン・レノン死去
-
丁度、社会人1年生でした。ジョン・レノンが久しぶりにLPを発売して、イメージもガラッと変わり、「ウーマン」、「スターティング・オーバー」がヒットしていた矢先に、銃弾に倒れました。犯人は、熱狂的なジョンのファンだったらしいですが。後になって、「スターティング・オーバー」の出だしの音が不吉だとか色々と言われました。
地下鉄の赤坂見附の駅で、号外を配っていたので、TVのニュースより先に新聞で知りました。銃殺なので、かなりの衝撃が走りました。
ビートルズのファンで、ポールが一番好きでしたが、それでもショックでした。
再結成は、それまで何度も噂に上っていましたが、ジョンの死で可能性がなくなりました。
今生きていたら、良い作品もさらに残していたでしょうね。奥さんが小野洋子さんですから、来日もしたでしょう。活動停止をしていた時期は、かなり日本(軽井沢)に滞在していたようですから。
-
1980年(昭和55年)
- 5月15日
- 福岡県北九州市の日本板硝子若松工場で不要になった煙突の解体時にクッション代わりの砂利が衝撃で飛び散り報道関係者他12名が負傷。
- 5月18日
- アメリカのセント・ヘレンズ山が大噴火を起こし山体が崩壊。
- 7月19日
- モスクワオリンピックが開幕。日本、アメリカなど67ヶ国のIOC加盟国が不参加(ボイコット)を表明。
-
1988年(31歳)
- 4月8日
- 1回目引越
-
主人の転職で、東京から愛知県へ引っ越しました。要するに、Uターンです。まさかの、愛知県。主人の親戚以外は誰も知り合いがいなくて、とっても不安を感じながらの引越しでした。まさか、地方へ行くことになるとは思っていませんでした。
長女は、まだ1歳。高蔵寺ニュータウンの中の家を、主人の会社関係の方から借りることに。東京に比べると、広さの割りに格安の家賃でした。
とにかく、静かです。昼間も人通りがありません。人の多さが全然違います。東京でも、街中に住んでいたわけではないけど、あまりの違いに愕然。
-
1988年(昭和63年)
- 2月24日
- 雑誌『ハスラー』が名誉毀損問題でアメリカの連邦最高裁で逆転勝訴。
- 3月25日
- チェコスロヴァキアのブラティスラバ(現スロバキア首都)で、共産党政権に反対する同国初の大規模民主化運動デモ発生。
- 11月16日
- ソ連のエストニア共和国が主権宣言。(1991年に独立)