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  • ふくろうアルバイト勤務開始(2011年4月1日|23歳)

    道庁別館西ビル1F「イタリアン居酒屋ふくろう」で、ホール勤務のアルバイトを始めた。
    料理長の山根さん、キッチンの、上田さんとはまちゃんさん、佐々木店長に赤田さん、仕事のイマイチな社長。
    働くことについての意識が変わり始めたことを実感したアルバイトだった。
    ”1週間の内で、6日上手くいかなくても、1日上手くいけばまた頑張れること”
    ”自分を好きになるために働くことも、労働の目的のひとつ”なんてことに気づかせてもらった。
    また、職場の人間関係や部下を持つことのつらさに直面したのもこの時期。
    1年間続いた、初めてのアルバイトで本当に多くのことを学ばせてもらい、自分の成長の糧とすることができた。

    この経験が、ビアンカでの業務や看護学校での態度の基礎になっていると思う。

    更新日:2013年5月4日コメントする(0)

  • 聖マリアンナ 薬剤部見学(2012年8月4日|24歳)

    聖マリアンナ医科大学病院薬剤部の見学をさせていただいた日。ICUのカンファレンスに参加させていただけるということで、07:15頃に待ち合わせの時間を指定してもらった。しかし、緊張しすぎて結局病院の前に06:00位には着いてしまい、時間をもてあます結果に。
    見学中も、緊張の連続。
    特に、ICUのカンファレンスの緊迫した感じ、120%集中しても実力と判断力が無ければ弾き返されてしまいそうな、そんな現場に、ビビッて、でも憧れていた。いつか、こんな、自分を真っ赤に燃やせる職場で働きたいとこの時に感じていた。
    そして、患者との距離が近い薬剤師の業務を見て、うらやましく感じていた。

    この、見学でお世話になった宿は、ビジネス民宿みどり館。夜中に、地震が起こり、あわてて飛び出したけど、飛び出したのは俺だけだった。病院の中のスタッフも地震には慣れきっていた。
    この見学で、お世話になった人は、親・前田先生・ミキティ・早川先生・梅田先生・佐々木店長・この時の彼女。

    帰りの飛行機が、千歳空港の天候で飛んでも引き返す可能性があると、空港で聞いたときも、緊張と旅の疲れであまり動じなかった。

    「北海道から見学に来たのは、君が初めてだよ」と言われた。
    聖マリアンナに慎太朗の歴史あり。

    更新日:2013年5月4日コメントする(0)

  • 浜松市学会発表(2012年10月8日|24歳)

    静岡県浜松市で開催された、薬剤師学術大会での発表に演者として参加した。

    出発前までは、旅行気分の抜けない俺にミキティはさぞイライラしていたことだろう。静岡でクライミングの草コンペに参加する気だったんだから。。。

    あれほど、出発前にミキティと研究・発表内容を詰めて、発表や質疑応答の練習をしたのに、本番前夜には足りないところが見えてくるあの独特の感じ。自分を信じることの足りなさを、心のどこかで実感していたと思う。

    本番当日は、クライミングに行けず、準備に走り回っていた。お持ち帰りいただくために用意した資料の数が間に合わず、嬉しい悲鳴だった。
    発表時間は、全力で終了時刻まで、誰より残って、アピールと説明をしていたのを覚えている。
    この時期、周りは、国試の勉強を始めている中で1人だけ研究をしていたかた、意地になってたし、誇りもあったんだろう。

    おばあちゃんがご家族と切り盛りしていた、静岡おでんの店。じいちゃんが1人で切り盛りしていたラーメン屋さん。ミキティにご馳走になったうなぎ屋さん。どれもウマかった。2次会会場の刺身は死んでた。。。
    名古屋で食った、親子丼・味噌カツ・手場先。
    横須賀で食べた、海軍バーガー。横須賀で食べれなかった、海軍カレー。
    弾丸トラベルした三笠公園・ドブ板通り。

    お世話になった宿は、ホテル辻梅本館。
    お世話になった人は、ミキティ・水野部長・万里絵さん・ショータさん・親。
    流れていた曲は、3月9日。

    更新日:2013年5月4日コメントする(0)

  • 看護学校入学(2013年4月11日|25歳)

    薬剤師国家試験に落ちて、看護学校に合格そして入学。
    複雑な気分で、同じ内容の自己紹介を繰り返して少し落ち込む日が続いていた。

    18歳のクラスメイトや、先生と接するうちに、自分の振る舞い・役割に自覚と行動が芽生えたことを覚えている。
    薬学部・年上という2つを背負ったこと、自分が回りに与える影響力の大きさを実感し、全員の目標・理想像になるべく、言動・姿勢・振る舞いに十二分に気を使い始めた。
    薬剤師国家試験に落ちたことで、学ぶことへの貪欲さが増した。学ぶことだけでなくあらゆることへの貪欲さが増した。
    看護学校の3年間で、看護を吸い尽くしてやる。先生たちから、看護師のあるべき態度・言動・業務振りを吸収しつくしてやると、心で誓った。
    目つきが鋭く変わった。授業で寝なくなった。毎日、復習と国試勉強を続けている。

    自分を、信じる。というよりも、信じ込ませる・思い込ませる。この心持で物事に取り組むようになった。

    更新日:2013年5月4日コメントする(0)

  • 看護学生1年(2014年3月19日|26歳)

    実習、試験、技術チェック、薬剤師国家試験を全て乗り越えることが出来た。

    国家試験の3日前に、無菌の技術チェックに合格したこと。
    国家試験前日に看護学校での試験を受けていたこと。

    きつかった~

    看護学校の勉強以外に7月から合計で1059時間勉強していた。
    土日は1日9か10時間ほど、平日は4~6時間勉強していた。休みの日が月に2,3日という無茶なスケジュールだった。

    何度も全て投げ出そうと思ったし、精神安定剤に頼りながら勉強を続けたこともあった。学校で放課後、泣きながら勉強した。

    勉強をさせてくれる環境をくれている両親、学校の先生、学校の友人、成田、長井、今井、レイホ、ミキ先生、おばちゃん
    数多くの人の応援があってこそできたことだと心から感じる


    特に、学校の皆さんがくれた寄せ書きカードは一生の宝になる。

    毎日、鏡の自分に言い聞かせていた。
    看護学校で3年間トップをとる
    3月2日に薬剤師になってる
    あらゆる困難を笑顔で受け止め、自分の人生として愛すること


    自分よ、お疲れ様。
    出来た事は全て過去のこと。切り替えて、油断せず、うろたえず、強く優しく、実力で切り開いていって下さい。

    更新日:2014年3月19日コメントする(0)

  • ゆるりと(2014年6月22日|26歳)

    薬剤師になって麻生の小児科の薬局で働かせていただき始める。
    薬剤師になってからも、大変ながらも充実した毎日。

    最近のテーマは
    「ゆるりと」
    「追い詰めない」

    の2つ。


    将来の自分の夢やなりたい姿が見えているから、苦労を感じたことはない。
    なんてかっこいいことをいつも言えるわけなく(笑)
    学校を辞めて~
    と思うことのほうが多い。

    ただ、進むあるのみ。ゆるりとね。

    更新日:2014年6月22日コメントする(0)