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たまのりさんが最近登録した自分史(経年順)

  • 誕生(1992年3月17日|0歳)

    どうやら私は生まれたようです。

    母によると、予定日より一週間くらい過ぎても出てこなかったから

    むりやり陣痛おこして出てきたそうな。

    あいたたた。

    あと、腕にへその緒をからませていたようで、出てこさせるのに大変だったそうです。


    それから、名前については、うちのきょうだいはみんな名前に「日」が入っていて、父によればそれは「おひさま」のことなんだそう。

    おそらく太陽のような明るい子になってほしい、的なかんじなのでしょう。

    そんなこんなで今の名前になりました。

    同年代からするとちょっとひとむかし前な名前なのですが、

    個人的には字の形も収まりが良いので、まぁまぁ気に入っています。

    更新日:2013年2月20日コメントする(0)

  • 保育園・幼稚園期(1997年1月|5歳)

    ちいさいころの記憶はほんとにごくわずかしかなくって、
    いつもそれがもどかしい。

    だいたいこの歳の記憶とかみんな覚えているみたいだけど、
    そんなぱっとしたことしてないせいなのか、ほとんど記憶がない。
    だから明瞭に覚えている人はいいなぁとちょっぴり思う。

    だけど覚えていることだけでも書いてみようと思う。
    書きながら思いだすかもしれないという期待も込めて。

    保育園。
    仏教よりの保育園で、数珠もってよくお祈りしてたらしい。(覚えてない)
    制服?は茶色いベレー帽で、金ボタンの茶色いガウンやった気がする。

    さくら組だったこと。
    卒園式で担任の先生がめっちゃ号泣していたこと。
    近所のしおりちゃんっていう子と遊んでたこと。
    おやつの時間に、みんなでストーブを囲んで白いやわらかーいせんべいを食べたこと。(こんなことだけ鮮明)

    これくらいかなぁ。

    幼稚園。
    すみれ組。
    お昼寝のじかんに隣の子が白目むいて寝てたこと。
    そうじの時間の事件。
    ビオフェルミン事件。

    あぁ、これしかでてこん。。

    基本的に、私はアトピーっ子だったので、よく病院に行っていたそうな。

    アトピーあるあるといえば、小さいころに写ってる写真は
    なにかしら「掻いている」格好でぱしゃりと収まっております。
    首かゆいなう。背中かゆいなう。腕かゆいなう。ひざの裏かゆいなう。
    そんな瞬間ばかりが写真に収められているのが
    おかしくもあり、残念でもあります。(笑)
    きっとそんなことばっかりだったので
    いまもどこか残念な現在の私に繋がっているのでしょう。うんうん!←

    でも、アトピーであることを怨んだことは一度もありません。
    一度っていったらなんかあれやから「あんまり」っていうことにしておきます。

    毎日のように病院に行っていたけど
    病院にいくのは別に嫌じゃなくて、むしろ、ちょっとしたドライブ気分やった。
    通っていた皮膚科は車で30~1時間くらいの所やったから、
    それで幼稚園早く帰れたり、遅く行ったりできたし。
    皮膚科の先生優しいし、注射バンバン刺されたけどべつに嫌じゃなかったし。
    幼いころは、やっぱりかまってほしいという想いが強いと思うので、
    アトピーっていうので親とか色々心配してもらえるしかまってもらえるし。
    心配してもらえるっていう表現はどうかと思うけど、子供ながらにそう思っていました。

    当の本人はアトピー治したいとかあんまり思ってなくて、
    母親が色々病院探したり、変な気功の先生の所に連れてかれたり、
    本人以外の周りの人が熱心にしてくれていました。
    ありがたいことに。
    なんだかなぁ。

    おぉ、結構アトピーネタで語ってしまった。(笑)

    あんまり友達とも遊んだ記憶もないし、外よりは中でじーっとしていた子だと思います。
    大量のごはん粒を口の周りにつけた当時の写真が証明です。ヘ(゜,∀゜ヘ)

    更新日:2013年2月20日コメントする(0)

  • \"No goal for life\"(2013年2月16日|21歳)

    自分史というより日記になりそう。

    神戸にある、横尾忠則現代美術館に行きました。

    とりわけ横尾さんに詳しいわけでもなかったのですが、
    なんか名前聞くからきっと有名な人なんだろうし

    「森村泰昌 モリエンナーレ まねぶ美術史」を見たときに、
    横尾さんの作品のパロディというか模倣した作品があって、
    それが、脇毛まる出しの女の人が電話してる絵で
    まぁ、それはそれはインパクトあるもので。

    そんなかんじでなんか気になるなぁと思って行きました。

    まぁ、ぐるーっと回ってみて、一番印象に残ったのが、
    必死にクロールをしている女性が息継ぎをしている瞬間の絵
    (参考までに:https://www.google.co.jp/search?q=no+goal+for+life&hl=ja&rlz=1C1SKPL_enJP418&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=dYwrUYKkOoickgXYx4DwCA&ved=0CAoQ_AUoAQ&biw=1366&bih=643#imgrc=_ )

    そしてその絵の中に「No goal for life」という文字が小さく書いてありました。

    よくこの言葉を当てはめたなぁ、と思いました。
    同時に、確かにそうだよなぁ、とも思いました。


    まず、この女性の姿と、「No goal for life」が表現しているものが見事にマッチしていているし、かつ矛盾している。

    もう、泳いでいる女性の顔はまさに「必死」そのもの。
    学校のプールの授業で見学してるとよくわかるけど、
    クロールの息継ぎする瞬間って、ほんと醜い顔で、
    まだゴーグルしてるからあれはマシなんだと思う。
    そういうまさに「必死の顔」をしている、ゴールに向かって、むちゃくちゃがんばってる、そんな姿を描いておきながら、

    「No goal for life」なーんて言葉を書き添えている。
    つまり「人生にゴールはない」。
    その言葉をいま泳いでいる女性に言ったらどうだろう。
    少なくとも、内心「ええええええ°д°!!!」となるのでは。
    でも、逆に安心感も感じられる。

    ゴールを意識すると、当然そこに向かおうと必死になる。
    でも、ゴールがないってわかっていながら、必死にやっていたら。
    それはものすごく「かっこいい」と思う。

    よく、将来が不安、とか先が見えない、とかいうけど、
    それはゴールがあるはずなのにそれが見えないから不安であって、
    もとからゴールなんてないんだよ、
    と言われてしまえば、開き直れる。
    だってもとからゴールとかそういうのないんだから。

    ゴールって理想がかなった現実なんじゃないかな。
    そう解釈すれば、理想通りの人生を歩んでる人なんてほとんどいないんじゃないかなぁ。
    ゴールがないからこそ、どんな道を歩んでもいいし、どこへ向かっても間違いではない、のびのびと生きればいい、「失敗という終わり」も「成功という終わり」もない。
    そう考えて、なんかちょっと楽になれる気がした。

    横尾さんの作品はだいたいどれも過激なイメージがあるけれど、
    でもなんというかイカレた感じではないし
    変に目立とうともしてないしなんだか不思議。
    確かに色は派手なんだけど、派手にするために色を使ったというかんじでもないし。
    でも深層心理を動かされる。

    更新日:2013年2月26日コメントする(0)